芥川龍之介
1892年3月1日、東京市京橋区入船町生まれ。東京帝国文科大学英文科卒業。
1927年7月24日、自殺して死亡。
地獄変・邪宗門・好色・藪の中
岩波文庫 (1956.1.9)
- 運
『文章世界』 (1917.1)
陶器師の老人が、偶然通りかかった青侍に聞かせた話。
昔、美人の娘がいたが、両親が死んで以来貧乏になってしまい、
御籠りをして満願という夜、坊主の唱えるお経が、観音様のお告げに聞こえた。
「今夜帰るときに出会った男の言うことを聞くと良い」・・・
- 道祖問答
『大阪朝日新聞』 (1917.1)
天王寺の別当、道命亜闍梨は、三業も修せず、五戒も持したことがない。
ただ、その生活の中に必ずひとりで法華経を読[言需]する。
そんなある日、泉式部を訪れて身を交わらせた後、一番鳥も鳴かぬうちに
起き出して、いつもの通り法華経を読んでいた。
すると、五条の道祖神があらわれて言うには・・・
- 袈裟と盛遠
『中央公論』 (1918.4)
ある月の輝く夜、盛遠はその月を眺めながら、物思いに耽っていた。
今日これから、何の憎しみも持たない男を殺しに行くのだ。
しかもそれは、憎んで嫌っている女のために。
どうしてこんな事になってしまったのか・・・
一方、その頃袈裟は、男のやって来るのを待っていた。
そう、やっと死ぬことが出来るのである。
あの男は、きっと今夜ここへやってくるだろう・・・
- 地獄変
『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 (1918.5)
堀川の大殿様に、地獄変の屏風を描くように言われた良秀は、あらまし
描き終わったが、どうしても描けない部分があり、最後に
[木濱のつくり]榔毛の車を一輛、目の前で火をつけて欲しいと言う。
大殿様は、一人の娘をその中に閉じ込め、火に焼かれる姿を見せようと言った。
その車の中に閉じ込められていたのは、良秀の娘であった・・・
- 邪宗門
『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』 (1918.10-12)
地獄変の屏風の話の大殿様の若殿様は、大殿様とは正反対の人であった。
それは、見た目だけではなく心もである。
つまり、若殿様は風流を愛される方であった。
その若殿様が、中御門の少納言様の一人娘に恋をしていた頃の話である。
当時都には、摩利信乃法師という沙門が、天上皇帝の御威徳を受けた
として摩利の教えというものを広めていた・・・
- 竜
『中央公論』 (1919.5)
宇治の大納言隆国が、物話を作ろうとしていろいろな人の話を聞いている。
そこで、陶器造りの翁の話したことには・・・
昔、奈良に蔵人得業恵印という鼻の大きな法師がおり、猿沢の池のほとりに
「三月三日この池より竜昇らんずるなり」という建札を建てた。
いつもばかにされるのを笑ってやろうと仕掛けた悪戯であった。
ところが・・・
- 往生絵巻
『国粋』 (1921.4)
「阿弥陀仏よや。おおい。おおい。」
そうい言いながら、西を目指す五位の入道。
行く途中、人々は気狂い扱いをするが、最後に彼は、二股に枝を伸ばす
松の枯木に腰かけ、死に絶えていた。
その口には、真っ白な蓮華が咲いていた・・・
- 好色
『改造』 (1921.10)
平中は、ある日見かけた侍従の姿が忘れられず、何度も文をもたせたが、
いっこうに返事が帰って来ない。こんな事はかつてはなかったのだが。
そこで、いっそのこと突然訪ねていくことにした・・・
- 藪の中
『新潮』 (1922.1)
山陰の藪の中で、胸を一突きにされた男の死体が発見された。
男は妻と一緒に歩いているのを目撃されていたが、その時に
多襄丸という名高い盗人に出会ってしまったらしい。
一体、彼ら三人の身の上に起こった真実はどうであったのか・・・
- 六の宮の姫君
『表現』 (1922.8)
六の宮のほとりにある小高い屋形に住んでいた六の宮の姫君。
両親に可愛がられて育ったが、両親があっというまに死んでしまって以来、
乳母とともに貧しい暮らしをしていた。
家財道具もどんどん売り払い、いよいよという時に、一人の男性に
身をまかせてはどうかと乳母に持ちかけられた。
その夜は涙を濡らしたものの、結局会うようになり、それなりに生活も
良くなってきた。愛はなかったが、お互いに好感を持てたからである。
そうしているうちに、男は都を離れなければならなくなった・・・
- 二人小町
『サンデー毎日』 (1923.3)
小野の小町は、21歳の時に黄泉の使いがやってきたとき、玉造の小町を
代わりに地獄へ連れていってくれと涙ながらに頼んだ。
それを聞いて黄泉の使いは玉造の小町を地獄へ連れていこうとしたが、
今度は色じかけで止めてくれと頼まれる。
結局、どちらも連れていくことが出来なかった。
それから数十年後、二人は老いたる女乞食になっていた。
そして黄泉の使いに、今度は地獄へ連れていってくれと頼むが・・・
羅生門・鼻・芋粥・偸盗
岩波文庫 (1960.11.25)
- 羅生門
『帝国文学』 (1915.9)
一人の下人が羅生門の下で雨宿りをしていた。
門の上で休もうと思って上がってみると、一人の老婆が女性の屍骸から
髪の毛を抜き取っていた。
これを抜いてかつらでも作って売らないと、餓死しそうだと言う。
これを聞いた下人は、それならば自分も、引剥ぎをしないと餓死
してしまうからと、老婆の着物をはぎ取って、逃げ去って行った・・・
- 鼻
『第四次新思潮』 (1916.2)
禅智内供は、五六寸という長い鼻を持っていた。
いつも、積極的にも消極的にも鼻を短くしようと考えていた。
ある日、弟子が医者から、鼻を短くする方法を聞いてきた。
それを実行すると、確かに鼻は短くなったのだが・・・
- 芋粥
『第四次新思潮』
摂政藤原基経に仕える五位の侍に、上のものはもちろん、同輩や
下の者にもいたずらされている者がいた。
ただ、本人は一向に気にしておらず、「いけぬのう、お身たちは」と
言うのみであった。
そんな彼の唯一の望みは、芋粥を飽きるまで食べることであった・・・
- 偸盗
『中央公論』 (1917.4,1917.7)
牢獄の番人をしていた太郎は、一年前に盗みの咎で牢獄に送り込まれた
美しい沙金と仲良くなってしまい、脱獄を見てみぬふりをした。
その後、弟の次郎が盗人の疑いをかけられ、投獄された。
それを沙金に相談し、脱獄させてしまった。
こうして兄弟は、盗みの一団に入ることになった。
沙金は情報を掴むために身体を売ることに何の躊躇いも見せない女だった。
それでも太郎は沙金の愛を信じていたが、彼女の心が弟に移っていくのが
分かっていた。
そしてその晩、藤判官の屋敷を襲うことになった・・・
蜘蛛の糸・杜子春
新潮文庫 (1968.11.15)
- 蜘蛛の糸
『赤い鳥』 (1918.7)
ある日、極楽の蓮池のふちを歩いていた御釈迦様は、池の下の地獄の様子を
ご覧になった。そこに、[牛建]陀多という男が一人、目に入った。
御釈迦様は、その男が、一度だけ蜘蛛を助けたことがあることを思いだし、
地獄から救い出してやろうと、蜘蛛の糸を白蓮の間から地獄の底へと
御下ろしなさいました・・・
- 犬と笛
『赤い鳥』 (1919.1,1919.2)
昔、大和の国葛城山の麓に、髪長彦という若い木樵が住んでいた。
彼は笛が大そう上手で、仕事の合い間にいつも笛を取りだして、その音を
楽しんでいた。
ある日、足一つの神が現れて、何でも好きなものをあげようと言う。
木樵はしばらく考え、白い犬を一匹もらった。この犬は、「嗅げ」という
どんな遠いことでも嗅ぎ出す利口な犬だという。
次の日、手一つの神が現われ、黒い犬をもらった。これは「飛べ」という
誰でも背中へ乗って飛べる犬だという。
さらに次の日、目一つの神が現われ、斑犬をもらった。これは「噛め」という
どんな相手でも噛み殺してしまうという。
木樵は、この三匹の犬を連れて、ある三またへとやってきた・・・
- 蜜柑
『新潮』 (1919.5)
ある曇った冬の日暮れ、横須賀発上り二等客車に乗っていた私の前に、
一人の小娘が乗ってきた。天気も少女の様子も私の心も沈んだ感じであった。
汽車が走り出してしばらくすると、少女は窓を開けようとした・・・
- 魔術
『赤い鳥』 (1920.1)
私の友人マテイラム・ミスラ君は、魔術を使う。
ある晩、それを見せてもらいに彼を訪れ、すっかり虜になってしまった私。
誰にでも簡単に出来るというから、教えて欲しいと頼んだ。
ただし、慾のある人間には使えないという・・・
- 杜子春
『赤い鳥』 (1920.7)
ある春の日暮れ、唐の都洛陽の西の門の下で、杜子春はぼんやり空ばかり
眺めていた。元は金持ちの息子だったものが、財産を使い果たし、今晩
寝る場所もないという状態だった。
そこへ、一人の片目眇の老人がやってきて、今この夕日に立って、影の
頭の部分を掘ると、車にいっぱいの黄金が埋まっているはずだと言う。
次の日には杜子春は大金持ちになった・・・
- アグニの神
『赤い鳥』 (1921.1,1921.2)
支那の上海のある町での出来事。
占い師の印度人の婆さんが一人、ある家の二階に住んでいた。
この婆さんは、召使いの女の子にアグニの神を呼び寄せ、預言を
聞いていたのだ。
その召使いの女の子を偶然覗き見た遠藤は、彼女が主人である香港の
日本領事のお嬢さんであり、誘拐された妙子さんであると確信した。
そこで彼女を救おうと、遠藤はピストルを手に婆さんの家に入り込んだ・・・
- トロッコ
『大観』 (1922.3)
良平が八歳のとき、小田原熱海間の軽便鉄道敷設工事が始まった。
彼は、トロッコで土を運搬するその工事現場を良く見に行った。
ある日、二つ歳下の弟と、弟と同じ歳の隣りの子と一緒に村外れへ
出掛け、誰もいない中に置かれていたトロッコを見つけ、それで
遊び始めた・・・
- 仙人
『サンデー毎日』 (1922.4)
昔、権助が大阪の町へ奉公に来た。彼は口入れ屋で「仙人になりたいので
そういう所へ住み込ませて下さい」と言う。
困った番頭は、医者に相談したところ、医者の女房が、うちへつれてこい
と言う。そして、二十年間ただ働きをさせた・・・
- 猿蟹合戦
『婦人公論』 (1923.3)
猿蟹合戦で蟹はとうとう仇をとって猿を殺した。
その後実はその蟹とその仲間は、警官が逮捕し、監獄に投ぜられ、
蟹は死刑、仲間は無期懲役になったのである・・・
- 白
『女性改造』 (1923.8)
白という犬が、ある家に飼われていた。
いつもの通り近くを散歩していると、隣りの黒という犬が犬殺しの
罠にかかるのを、見すごしてしまった。
いや、臆病風に吹かれて見殺しにしてしまったのだ・・・
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