松浦寿輝
1954年、東京生まれ。
そこでゆっくりと死んでいきたい気持ちをそそる場所
新潮社 (2004.11.25)
- I. 黄昏の疲れた光の中では凶事が起こる……
- モーリッツの銅版画
本の旅人(角川書店)1999.7
セーヌ川の近くの細い通りにあった画廊。
いつ行っても、細い老眼鏡をかけた老婦人が一人でばんをしている
だけであったが、そこで私はフィリップ・モーリッツと出会った・・・
- ゆうすず
東京新聞 2000.10.28
夕暮れ時、上野広小路の裏道のすし屋を出て歩き出した私は、
もう十年以上前にクアラルンプールからかなり離れたマレーシアの
田舎の町のバーから、丁度同じくらいの時刻に出てきて歩き出した
時のことを思い出した。
あの時にはしたたか酔っぱらっていた・・・
- プールサイドで
毎日新聞 2001.8.21
妻と子供を田舎に残し、一人だけ先に戻ってきた私は、九時まで
やっている市営の屋外プールにやってきていた。
まだ閉まるまでに15分はあるはずなのに、突然回りから声が
聞こえなくなっているのに気がついた・・・
- II. 冷たい深夜の孤独は茴香の馥りがする……
- 虻
新潮 2002.1
六本木界隈にあるちょっと変わったディスコ。
そこにやって来た国際ジャーナリストの私に、気軽に話しかけてくる
見知らぬ男性。
憂鬱でそれをまぎらわそうとしているらしい。
彼が話す、附せと仰向けそれぞれの思いについて・・・
- 桃
新潮 2002.11
コンピュータプログラマーの私。
その私には、半透明のカーテンに触れられながら窓辺で誰かの尻に
触れているという記憶がある。
小学校に上がる前の遠い昔の記憶ではあるが・・・
- まず小さな丸いものが
すばる 2004.1
伯母に強引に誘われ、フランス料理を一緒に食べた夜、
風邪を引いたのか、かなりの熱が出て節々が痛く、
動けない状態に陥ってしまった。
そんな中、小さい頃の記憶がどんどんとよみがえってくる・・・
- III. 猿と記号の間に過剰な言葉が繁茂する……
- あやとり
文藝 1996.5 夏季号
焼夷弾による攻撃を避けるため、逃げ出した人間達は
飼っていた猫の兄弟もトラックに一緒に積み込んでいたが、
ロープの縛り方が不十分で、途中で落ちてしまった。
猫の兄弟は、最初トラックを追いかけようとし、それから
元の家に戻ろうとしているうちに、夜になり、焼夷弾による
攻撃が始まってしまった・・・
- 名前
新潮 2004.1
五十になるが、まだまだ駆け出しの作家である私は、
小説の登場人物の名前に悩んでいた。
長篇一冊、短篇集三冊を出していたが、その中で用いた名前を
順番に思い浮かべ、考察していった・・・
- singes/signes
ことばのたくらみ──実作集(岩波書店)2003.1
男は五線に音符を一つ加え、さらにもう一つ加え、一つ消し、
また一つ加える。
加えた音が、既にある音と共鳴し合う効果を確認しながら。
その時必ず、自分と他に二人の男女がいる場面が思い浮かんでくる。
女は、今のそれほど好きでもない若い男に抱かれる時、決まって
他の男性二人といる場面が思い浮かんでくる。
一人は一つ、また一つと音符を書き加えては消している。
そうして、もうすぐその曲が完成することが分かっている・・・
- IV. 詩は意味と無意味の境界で揺らめいて……
- 同居
ユリイカ臨時増刊号(総特集・怪談)1998.8
夜中にトイレに行こうとして階段を降りて行く途中、
十年以上前に書いた「同居」と題する詩の一部が思い浮かんできた。
そのまま居間に入って書棚から『冬の本』という、
もう何年も手に取ったことのなかった自分の詩集を引っ張り出して
ページを繰ってみた・・・
- 逢引
新潮 2000.7
たった二冊の詩集だけを残し、三十二歳で死んでしまったT。
彼の詩を盗作しているという奇妙な電話が深夜、かかってきた・・・
- そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所
新潮 2003.11
ほとんど会ったこともなく、手紙をもらったのも一度だけという
叔父の死の知らせが届いた。
初めはそのまま放っておくつもりだったが、突然、叔父の死んだ
場所を見たくなって夜行列車やフェリー、漁船等を乗り継いで
はるばるとやって来た・・・
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